株主総会の季節がやってきた。しかしコロナ禍の今年は、例年とは様相が異なる。多くの人が集まるイベント開催が制限される状況で、株主総会についても各社苦慮していることであろう。経済産業省や法務省は、株主総会の在り方について、ガイドラインやQ&Aを公開している。そこでは、オンラインでの株主総会の在り方についても触れられている。つまり、株主がリアルに会場に集う従来の開催方法ではなく、オンラインでの参加や出席を実現する方法も指南しているのだ。
主務官庁がガイドラインを提示しているのだから、各企業は、このガイドラインに従って感染拡大防止の観点から粛々とインターネット株主総会を開けばいいのだろうと考えがちだが、事はそう単純ではない。リアル株主総会を置き換える形でのインターネット株主総会の開催は、決議の無効や取り消しのリスクと向き合う覚悟が求められる、極めて高度な経営判断を必要とする話なのだ。3月13日にインターネット株主総会を実施した富士ソフトにその内幕を聞いた。
出席と参加の違いを知る
富士ソフト総務部部長の赤松理氏は「株主が議事進行を傍聴できるライブ配信は、以前から実施していた。しかし今回は、現下の状況で株主が『インターネット出席』できる形で開くことを経営陣が決断した」と説明する。
インターネット出席というのは、株主が質疑応答と議決権の行使をネットなどの手段を利用して、リアルタイムに実行できる方法を指している。富士ソフトは今回、株主がリアルに出席できる株主総会を同社の秋葉原ビルで開催し、その株主総会にリモートで出席可能な仕組みを用意することで、インターネット出席を実現した。
では、インターネット出席とは具体的にどのような状況を指すのであろうか。ネット経由で株主総会に向き合う場合、そこには参加と出席という異なる2種類の考え方がある。インターネット株主総会を語るには、この違いを明確に知っておく必要がある。
リアル株主総会では、株主に対し、事前に郵送やオンライン投票などの手段で議決権の行使を依頼し、株主総会の当日には、決議が事実上成立している、というのが普通だ。仮に企業側が、議事進行を傍聴可能な形で一方通行のライブ配信を実施している場合、株主は、事前に議決権を行使した上で、配信を傍聴することになる。これを「参加型のインターネット株主総会」と定義している。株主の中には質問を希望をしたり、動議を持ち出しりしたい人もいるであろう。そのような人に対しては、企業側は「会場に出向き『出席』してください」と告知することになる。
一方の「出席型」は、同じライブ配信を行うにしても、自宅などで議事進行を傍聴する株主にも、会場に足を運んだ株主と同じ条件で、議決権行使と質問の手段を用意することをいう。富士ソフトの株主総会は、この議決権行使と質問の手段を用意したことで、リモート出席を実現できた、というわけだ。同社が「インターネット出席を実現した」と胸を張るのは、この点が単なる参加とは異なる部分であり、先進的な事例だからだ。
電話による質疑応答の仕組みを用意
富士ソフトは「インターネット出席を実施する数年前から、会場にiPadを株主の人数分設置し、会場内のWi-Fiに接続したiPadを使って、その場で電子的に議決権を行使できる仕組みを導入していた」(赤松氏)という。今回はこの仕組みを拡張し、会場外からネットを経由してリモートでiPadで議決権を行使可能にした。株主は自宅などから、ライブ配信を傍聴しながら手元のiPadで投票できる。
逆に言うと、数年前からこのiPadの電子投票システムを構築していたこともあり、今回、インターネット出席の導入がスムーズに行えたともいえる。旧態依然とした、郵送などによる投票と会場での拍手による決議(議長が、採択時に株主に拍手を促し「異議なしと認めます」という形式主義的な手法)を実施している企業の場合は、このような電子採決システムの導入から始めなくてはならないため、その分ハードルが高くなり、出席型のインターネット株主総会の開催は、それなりのコストと時間が必要になるであろう。
ただ、そのような富士ソフトですら、出席型のインターネット株主総会決行の決断は簡単なものではなかったようだ。
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その理由は「会社法でインターネット出席の場合の定義がない以上、リアル出席と同条件にする必要があると解釈せざるをえなかった」(赤松氏)からだ。その条件を満たしていないと、決議の無効や取り消しのリスクを負うことになってしまう。
同条件という点で腐心したのは、議決権行使の部分ではなく質疑応答の手法だという。前述のように議決権行使は、iPadによる投票システムを使うことで同条件を担保できる。しかし質疑応答を同条件にしようとすると、簡単な話ではない。
会場では一定の質疑時間内で、株主の挙手→議長の指名→株主の質問→登壇者からの回答、という流れが一般的だが、これをインターネット出席の全ての株主に対してリアルタイムに同条件で実施するのは難しい、という判断だ。「電話、チャット、メールなどの方法を考えたが、希望する全てのインターネット出席株主に対し、質疑の機会を提供できない可能性もあり、そうなると同条件とは言い難いと判断した」(赤松氏)と顔を曇らせる。
実際このような経緯を、「顧問弁護士や証券会社に相談したら、第一声がリスクが高いので実施は難しい、という判断だった」(赤松氏)と振り返る。結果的には、当日コールセンターを設置して質問は電話で受け付け、会場の担当者に内線電話を転送する形式を採ることにした。これであれば、リアル出席者と同等の条件が確保できるとの判断だ。
経営層の英断がないと難しかった
ただ、これについても顧問弁護士や証券会社は「『リスクを最小限にした開催が可能』という言い方はするが、『法律をクリアしている』とは言わない」(赤松氏)そうだ。これだけの仕組みを構築しても、仮に当日、システム上で何らかのトラブルが発生し、リモート出席の株主が権利行使ができないような事態になると、決議の無効や取り消しの事由になりかねないからだ。
このあたりのリスクについて、経産省や法務省はガイドライン上でどのように指南しているのか。実は、このガイドラインがくせ者なのだ。というのは、ガイドラインには「これこれこういう方法と手順でインターネット株主総会を実施すれば、会社法などの各種ルールをクリアカットに満たしますよ」とは一言も書いていないからだ。「法的な考え方」といった形で論考が明示されてはいるが、子細に読むと「考えられる」「解釈できる」といった語尾が目立っている。つまり、実際の運用面でのコンプライアンスは、企業側の判断に下駄(げた)を預けた格好なのだ。
ちなみに、インターネット出席者からの動議についてガイドラインは、「企業側の合理的な努力で対応可能な範囲を越えた困難が生じることが想定されるので、動議を提出する可能性のある株主は、リアル会場に出向いてほしい、といった告知を実施することで、会場と同条件の仕組みを準備する必要はない」(意訳)と指南している。
このようなリスクを受け入れてまでインターネット出席を実現した理由について、赤松氏は「ICTの会社の矜持(きょうじ)として先進的な事例を示したいという経営層の英断があった」と話す。ウィズコロナ/アフターコロナの時代に、出席型のインターネット株主総会が受け入れられるのか、株主総会の季節の今だからこそ注視しておきたい。
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